1.「正解主義」の限界、不確実性の時代をどう生きるか?
現代は、予測が難しい不確実性の時代です。コロナ禍をきっかけに、誰もが「未来は予測できない」という現実を突きつけられました。企業経営においても、部活動の運営や子育てにおいても、これまでのように「最初に目標を定め、計画を立てて、正しく努力する」というスタイルではうまくいかない場面が増えています。
そんな時代に注目されているのが『エフェクチュエーション』(著:吉田満梨・中村龍太)です。本書は、「起業家は不確実な状況でどのように意思決定しているのか?」という視点から、コーゼーション(目標主導の計画思考)と対比される“もう一つの思考法”を提示しています。
この記事では、本書で紹介されている5つの原則をもとに、経営者やコーチ、指導者、保護者といった意思決定を行う立場の方々に向けて、日常の中でどう活かせるのかをわかりやすく解説していきます。
2.事例とデータ:起業家は「正解」を求めていない
一般的にビジネス書や教育の現場では「成功するためには、目的を明確にし、計画的に進めることが重要」と教えられます。これが「コーゼーション(因果論的アプローチ)」です。コーゼーションでは、まずゴール(目的)を設定し、そこに至るために最も合理的な手段を分析・選択していきます。
一方、エフェクチュエーションとは、起業家が不確実な状況に対してとる意思決定の方法論であり、予測不可能な市場や環境の中で「まず動くこと」を重視します。2000年代初頭にサラス・サラスバシー教授(米・バージニア大学)が提唱し、その後世界中で研究・実践が進んでいます。
驚くべきことに、成功した起業家たちの多くは「最初から明確なゴールがあったわけではない」と語ります。むしろ、手元の資源を起点に、パートナーと協働しながら試行錯誤していく中で結果的に成功を収めているのです。
この考え方は、何もビジネスの世界だけにとどまりません。学校教育、子育て、スポーツ指導といった領域にも大いに応用できるのです。
3.「手中の鳥の原則」:今ある資源から始めよ

3−1、原則の概要
「手中の鳥の原則」は、まだ手にしていない目標や資源ではなく、「すでに自分が持っているもの」からスタートするという考え方です。つまり、「自分には何があるか?」「今のリソースで何ができるか?」を考え、それを最大限活かして行動するアプローチです。
3−2、経営者・ブロガーの場合
たとえば、起業しようとする人が「資金がないから始められない」と考えるのは、典型的なコーゼーション的発想です。一方で、「自分にはデザインスキルがある」「知り合いに動画が得意な人がいる」など、すでに手元にあるリソースから小さく始めてみる、というのがエフェクチュエーション的思考です。
ブロガーであれば、アクセス数を気にする前に、「自分が語れる経験」「身近にある話題」から記事を書いていくことが立派なスタートです。
3−3、顧問や保護者の場合
部活の顧問や保護者も同様です。「理想の練習環境がない」「予算が足りない」と嘆くよりも、今のメンバー、場所、時間で「何ができるか?」を考えることが、前向きな変化につながります。
4. 許容可能な損失の原則:リスクの取り方を根本から変える発想

4-1. 「どれだけ得られるか」より「どれだけ失っても大丈夫か」を基準にする
この原則は「この行動を取って、もし失敗したとしても、自分はどこまでなら許容できるか?」という“損失許容範囲”を基準に、行動へのコミットメントを決める方法です。
大きな成功を夢見るのではなく、自分にとって致命傷とならないラインを見極め、そこを越えない範囲で動く。まさに、日々の決断における安全マージンの設定ともいえます。
4-2. 「賭けない起業家」が成功する理由
優秀な起業家は最初から大胆な賭けに出ることを避けます。失敗したときの最悪のシナリオをシビアに想定し、その損失が「自分が許容できる範囲」に収まっている場合にのみ、次の行動に移るのです。
一見すると「消極的」にも思えるかもしれませんが、実は逆。許容可能な損失の範囲内であれば、失敗を恐れずに何度でも挑戦できるという点で、結果として試行回数が増え、成功の確率を高めることができるのです。
4-3. 教育現場・スポーツ指導への応用:失敗しても立ち上がれる仕組みを
スポーツや教育の現場では「この練習メニューを課して選手がついて来られなかったら?」、「この指導方針を試してうまくいかなかったら?」という問いに対して、その失敗が回復可能かどうかをあらかじめ見積もることが、現場を壊さずに挑戦を継続する鍵となります。
子どもや若者にとってのチャレンジは、「失敗してもやり直せる」という感覚があってこそ、次につながります。
このように、「許容可能な損失の原則」は、単なるビジネス思考ではなく、挑戦の質と継続性を高めるためのリスク設計の哲学として活用することができます。
5.「クレイジーキルトの原則」:つながりからアイデアを紡ぐ

5−1、原則の概要
この原則では、偶然つながった人々との協力関係によって、思いがけないプロジェクトや価値が生まれることに注目します。「この人となら何ができるか?」を問いながら、柔軟に関係性を編み上げていくスタイルです。
5−2、経営者・ブロガーの場合
スタートアップ経営者であれば、「優秀な人材をヘッドハンティングする」のではなく、「今出会えた仲間」と何ができるかを考えることが、強いチーム作りにつながります。ブロガーも、自分と似たテーマの発信者とコラボしたり、読者からのフィードバックをヒントに記事を進化させる姿勢が大切です。
5−3、顧問や保護者の場合
部活動の顧問であれば、異なる部活動と連携してイベントを開催したり、保護者とのコミュニケーションから新たなアイデアを得たりすることができます。「想定外の出会い」から生まれる価値を信じて、柔軟に動くことが求められます。
6.「レモネードの原則」:偶然をチャンスに変える

6−1、原則の概要
「失敗した」「想定外だった」という状況に対して、落胆するのではなく、それを受け入れ活用する姿勢こそがレモネードの原則です。予測外の出来事を“レモン”と見立て、それを甘く美味しい“レモネード”に変えてしまおうという発想です。
6−2、経営者・ブロガーの場合
たとえば、予定していたプロジェクトが頓挫したとしても、それに関わった人との縁が新たな事業につながるかもしれません。ブロガーであれば、炎上や批判のコメントからニーズを掘り起こし、新たなテーマの発信へとつなげることができます。
6−3、顧問や保護者の場合
試合で負けた経験、ケガやトラブル。そういった「望まなかった出来事」から学びを引き出すことこそ、子どもたちの成長につながります。保護者としても、失敗を責めるのではなく、それを糧にする視点を育てたいところです。
7.「パイロットの原則」:予測よりもコントロールを重視せよ

7−1、原則の概要
「パイロットの原則」は、すべてを予測しようとするのではなく、「自分がコントロール可能な範囲」に意識と行動を集中させる、という思考法です。飛行機のパイロットが、天候の変化すべてを予測するのではなく、自機の操作と判断で安全に飛行するように、私たちも「自分ができること」に注力するべきだという考えです。
7−2、経営者・ブロガーの場合
経営において、経済の動向や競合の動きなど不確実な要素は多くありますが、そこにエネルギーを割きすぎても結果は見えません。自分が提供できる価値、自社の改善点に集中する方が、長期的には成果を出す近道です。
ブロガーも、アルゴリズムやSEOに振り回されるよりも、「自分の発信が誰かに届くこと」に集中する姿勢が信頼を生みます。
7−3、顧問や保護者の場合
スポーツ指導や教育の現場でも、子どもの将来を予測しすぎず、「今、この子に何ができるか」「自分がどんな声かけができるか」に意識を向けることが、信頼と安心につながります。
8.まとめ:意思決定の新しい羅針盤を手に入れよう
『エフェクチュエーション』は、不確実性に満ちた現代において、あらゆる意思決定者に必要な「新しい羅針盤」と言える一冊です。完璧な計画や正解を求めるのではなく、「今あるもの」「今いる人」「今できること」に目を向けることで、驚くほどの可能性が開けていきます。
経営者、指導者、保護者、ブロガー。どんな立場の人であっても、自分自身の「意思決定の軸」を見直したいと感じているなら、本書はきっと新たな視点をもたらしてくれるはずです。
「予測できない未来」を恐れるよりも、「自分にできること」から始めてみませんか?
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